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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)9698号 判決 1966年7月09日

原告 株式会社海光社

被告 比佐真平 外一名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、原告に対し被告比佐真平は金五〇万円、被告比佐庄太郎は金一四五万円及び各これに対する昭和三九年一〇月二五日から支払ずみまで年六分の金員を支払うべし、訴訟費用は被告らの負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告は漁業器具の製造販売等を業とする会社で、被告らはいずれも漁業を営む者であるが、訴外林寿は(一)昭和二二年一二月一三日出願昭和二四年四月八日公告同年九月二六日特許登録にかかる拡口曳網装置特許第一八〇四一五号(二)昭和二二年一二月一三日出願昭和二四年一二月九日公告昭和二五年五月二三日特許登録にかかる拡口曳網特許第一八三二三〇号(三)昭和二二年一二月一三日出願昭和二四年一二月九日公告昭和二五年五月二三日特許登録にかかる拡口底曳網特許第一八三二三一号の各特許権(以下右三者を本件特許という)を有し、原告は右林からかねてこれら各特許権につき特許実施権を得ているものであるところ、原告は昭和二四年九月一二日被告比佐真平との間に本件特許(当時は出願中の権利)の実施につき(1) 被告真平は自己所有の漁船真盛丸をもつて本件特許を実施する、但し原告に通知して代船を使用し得る(2) 契約期間は一年、但し異議を申出ないときは毎年当然更新すること(3) 実施料は一カ年金一〇万円とし、毎年一二月末日までに翌年分を原告方に持参又は送付して支払うこととの旨の特許実施契約を締結し、また昭和二四年七月六日被告比佐庄太郎との間にも同被告所布の漁船第一三王丸につき実施料一カ年金九万円、第二三王丸につき実施料一カ年金二〇万円とするほか前同様の特許実施契約を締結した。被告らは初年度分の実施料は支払つたが、その後なんらの異議申出がないので、約旨にもとずき右契約は爾後毎年当然更新し、被告らは本件特許を実施して操業しているのに右実施料を支払わない、仮りに実施操業をしていないとしても約旨にもとずく実施料の支払義務あることは変りはないから、ここにそのうち昭和三五年度分から昭和三九年度分までの五ケ年間の実施料被告真平は金五〇万円、被告庄太郎は金一四五万円及びこれに対する訴状送達の後である昭和三九年一〇月二五日から支払ずみまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めると述べ、被告らの抗弁はこれを争うと述べた。

被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として原告主張の事実中被告らが原告主張の業を営む者であること、被告らがそれぞれ漁船真盛丸及び第一、第二三王丸(但し第二三王丸については時期を争う)を所有したことは認めるが、原告がその主張のような会社であること、林寿が原告主張の本件特許を有し原告がその特許実施権を有することは知らない、その余の事実はすべて否認する、被告らは原告との間で原告主張のような特許実施契約をしたことはない、ただ昭和二四年九月ごろ原告から林式拡口曳網装置につき技術指導を受け、その出張旅費、指導料等として被告ら各自金八万円を原告に支払つたことがあるが、その時実験の結果は格別の成績を示さなかつたので、その年一、二航海に使用しただけでその後被告らは本件特許にかかる拡口底曳網を使用せず、また右各漁船も北洋鮭鱒漁業転換のため昭和三〇年中相前後して廃船した、とくに第二三王丸はその漁船としての登録は昭和二九年四月二九日であり、原告が契約したと主張する昭和二四年には全く存在しなかつたものである、現に原告は昭和二四年以後本訴提起にいたるまでいまだかつて一度も約旨にもとずく実施料の請求をしていないのでありこのことは原告主張のような契約がなかつたことを裏書きするものである、仮りに原告主張のような各契約があるとしても、その後被告らは本件特許を実施せず、とくに原告の請求にかかる昭和三五年度以降の分については被告らは機船底曳網漁業そのものを廃して本件特許にかかる拡口網装置を使用する余地がないから、特許実施料支払の義務はない、仮りに本件特許を使用しないでも異議を申出ない限り当然に契約が更新し、約旨の実施料を支払うべき立てまえであるとしても、原告は当初の契約後本訴提起にいたるまで一度も本件実施料の請求をせず、余りにも長い間放置して権利の実行をしなかつた、現に最後の五年分以前のものを請求していないのは時効消滅を考えたからであろう、このように長期間放置するのは正に権利行使に眠るものであつて、かかる権利はいわゆる失効の原則により失効したものというべきであると述べた。

立証<省略>

理由

原告が漁網漁具等の製造販売を業とする会社であることは証人浜端徳一の証言により明らかであり、被告らがいずれも漁業を営む者であることは当事者間に争なく、成立に争ない甲第一号証の一ないし三の記載によれば訴外林寿が原告主張のような出願、公告、特許登録にかかる(一)ないし(三)の拡口曳網に関する特許権(本件特許)を有したことが明らかであり、右認定の事実と原告代表者尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば原告は自己の代表者である林の権利に属する本件特許につき適法な特許実施権を有したものであると認めるのが相当である。

原告はこれらの本件特許(当時は出願中の権利)につき被告らとそれぞれ特許実施契約を締結したと主張し、被告らはこれを争うので、この点について判断する。

成立に争ない甲第五号証の一ないし四、第八、第九、第一三号証の各一、二、証人浜端徳一の証言により真正に成立したものと認めるべき甲第二、第七号証、原告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認めるべき甲第三、第四号証、第一〇号証の一、二の各記載、証人浜端徳一、高木正恭(後記信用しない部分を除く)、緑修次、上野代惣五郎の各証言、原告代表者及び被告比佐真平本人(後記信用しない部分を除く)各尋問の結果、前認定の事実並びに本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば次のように認めることができる。すなわち被告らはかねてその漁船により福島県小名浜を根拠とし、一船曳機船底曳網漁業等の漁業に従事していたが、被告比佐庄太郎は当時年少であつたので同人の叔父高木正恭がこれに代つて、一切の業務を処理していた。

右高木は昭和二四年七月はじめごろ新聞ないし雑誌によつて原告代表者林寿の発明にかかる拡口曳網装置がきわめて優秀であると聞き、これを使用してみたいと希望し、上京してこれにつき特許実施権(当時はなお出願中のもの)を有する原告会社を訪問し、同月七日原告との間に原告は本件特許による右装置の操作を指導し被告庄太郎はこれを向う一年間実施し、その実施料として原告に金九万円を支払うこととし、原告は右指導のため近く被告ら方の住所小名浜に赴くべく、その旅費宿泊料等は被告側で負担すること等をとりきめた仮契約(甲第七号証)をし、高木は内金一、〇〇〇円を支払つて帰郷した。その後同年八月ごろ原告代表者は一旦下調べかたがた小名浜に出張し、高木との間で当時被告庄太郎の所有した第一三王丸及び近く建造する予定の第二三王丸につき日付を仮契約の日にさかのぼらせて原告主張のような特許実施契約をし、契約書二通(甲第三、第四号証)を作成した。次いで同年九月一〇日すぎごろ原告代表者林は社員浜端徳一を伴つて再度小名浜に出張し、多くの漁業関係者の注目をあびながら数回にわたり被告庄太郎の持船第一三王丸で本件特許にかかる林式拡口曳網について操業の実験をするとともに、その間同月一二日被告比佐真平もまた原告との間に原告主張の本件特許実施契約をし、その契約書(甲第二号証)を作成した。他にも小野源右衛門が同様の契約をした。そして原告代表者は同所において契約した被告らのため右拡口曳網装置を指導して仕立てさせ、初年度の特許実施料の内金として被告らから各金八万円、小野からも金八万円の支払を受けた。かように認めることができる。もつとも前記甲第五号証の三、成立に争ない乙第七、第八号証、第一一号証の各記載によれば第二三王丸は昭和二七年一一月にはじめて建造許可申請をしてその後に建造されたもので、右契約当時は実在しなかつたことがうかがわれるが、原告代表者尋問の結果によれば当時その建造の予定があり、それまでは代船で実施しうるということで契約したものであることが認められ、前記甲第一三号証の一、二によつてうかがいうるように当時は被告ら漁業者は本件拡口曳網装置に相当大きな期待をかけていたことを考えれば右のような建造予定の船についてもあらかじめ特許実施の許諾を得ておくということは必ずしも不合理ではなく、証人高木の証言によつても当時被告庄太郎分として原告から拡口装置(カンバス)二個を受領していることが明らかであるから、契約当時第二三王丸が実在しなかつたとの一事はなんら右認定を妨げるものではない。成立に争ない乙第一二号証によれば前記契約書(甲第二ないし第四号証、第七号証)に押された被告ら及び高木の印が印鑑届のある実印によるものでないことが明らかであるが、それは本件契約が実印によらなかつたということを示すにとどまり、これらの印が偽造であるとするなんらの証拠はない。また甲第二号証の被告庄太郎名下の印影と甲第三、第四号証、第七号証の被告庄太郎名下の印影とが異なることは一見明らかであるが、両者の成立の時期に相違のあること前認定のとおりである本件においては特に怪しむに足りない。甲第二号証の被告真平名義の住所氏名は浜端において代書したものであること同証人の証言により明らかであるところ、その住所の表示「仲坪」が正しくは「中坪」でなければならないということは他人が代書するときにありがちなまちがいにすぎず、右書面の成立を否定する理由とはならない。その後原告が本訴提起まで長期間実施料の請求をしていないことは後記のとおりであるが、そのことの意味は別としてそのことから直ちに本件各契約そのものがなかつたものとすることは当らない。その他前認定に反する証人高木正恭の証言及び被告比佐真平本人尋問の結果は信用せず、その他に右認定をくつがえすべき的確な証拠はない。

しからば被告らは本件各契約の効力として昭和二四年七月六日又は九月一二日から爾後各一年間本件特許拡口網を実施し得べく、その実施料として被告真平は金一〇万円(内八万円は支払ずみ)、被告庄太郎は第一三王丸につき金九万円、第二三王丸につき金二〇万円計金二九万円(内八万円は支払ずみ)を支払うべく、かつ次年度以後も当事者のいずれかから異議の申出のないかぎり毎年自動的に契約が更新し、被告らは引き続き本件特許拡口網を実施しうる反面、その実施料として約旨に定める右割合の実施料を毎年末日限り原告に支払うべきものとなつたことは明らかであり、その後原告及び被告らのいずれからも異議の申出がなかつたことは弁論の全趣旨から明らかである。

被告らは本件特許拡口網はその後使用せず、昭和三〇年中には廃船したから少くとも原告の請求にかかる昭和三五年度以降の分の実施料については支払義務がないと主張し、成立に争ない乙第五ないし第一一号証、前記甲第一〇号証の二、証人高木正恭、緑修次の各証言及び被告比佐真平本人尋問の結果によれば、被告らは当初右契約をし、一、二航海本件特許網を使用して操業してみたが、必ずしも良好な成績を収めるものとも見えなかつたので次第にこれについての熱意を失い、間もなくその使用をやめ、次年度以降もこれを使用することなく放置し、昭和三〇年ごろには相前後して北洋鮭鱒漁業に転換するため前記各漁船による一船曳機船底曳網漁業を廃業したことが認められる。成立に争ない甲第六号証の一ないし四によつては被告らがその後も依然として本件特許拡口網を使用していたことを認めるに足りず、原告代表者尋問の結果によつては右認定をくつがえすに十分でなく、その他に右認定を左右するに足る的確な証拠はない。しかし右契約に定めた本件特許拡口網を実施しないというだけで直ちに約旨の実施料の支払義務がないとはいえないことは契約自体から明らかであるから、この点の被告らの主張は失当である。

被告らはさらに本件契約に定める原告の権利は多年の不行使により失効したと主張する。よつて按ずるに前記甲第九号証の一、二、証人高木正恭の証言、被告比佐真平本人尋問の結果に前認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、原告は本件契約の翌昭和二五年六月ごろ被告庄太郎に対し初年度実施料の残額を請求したのに対し、折りかえし被告庄太郎(現実には高木が代理して)から右残額を支払うかどうかにはふれず、むしろ漁業不況につき金二〇万円ほど金借したい旨の返事があつたほか、爾後当事者間の交渉は全くとだえ、原告はその後被告らに対しなんらの請求も照会もすることなく被告らもまたなんらの連絡をすることなくそのまま推移し、約一五年を経た昭和三九年一〇月にいたつて突然原告から本訴提起がなされるにいたつたものであることを認めることができる。原告代表者はその本人尋問において契約以後毎年もしくは隔年くらいに被告らに対して実施料の支払方を催告し、会社の帳簿にはこれら実施料が未収金として記入されている旨供述するが、これを裏付ける資料はなに一つ提出されず、その痕跡すら認め得ない本件においては、とうてい右供述を信用することはできない。現に原告が本訴において請求するのは最後の五年分にすぎない。また前記甲第二ないし第四号証の記載によれば、本件各契約においては契約書第一〇条において被告らは各漁期において従来の網と本件特許にかかる林式拡口底曳網装置とを少くとも各三〇回以上交互に使用してその魚種別漁獲高を原告に報告すべきものと定められていることがうかがわれるのに、被告らがこのような報告をしたことも、原告がこれを請求したことも全く認めるべきものがない。このような事実のもとに考えると、被告らは次年度以降は本件特許は実施せず、当初の契約の拘束力はもはや終了したものと解してあえて異議の申出をしなかつたものというべく、原告もまた異議の申出がない以上当然契約を更新したとして実施料の請求をするという判然たる態度に出なかつたものであつて、もし当時原告において実施料の請求をしていたら、被告らはすでに実施をやめた特許権につき実施料を払うことの不合理に気づき、少くともその翌年分以降については当然契約の更新につき異議を述べたであろうと解される。しかるに当初契約の後無為に放置することおよそ一五年、被告らは原告から当初の契約条項を楯に、異議をいわない限り契約はいつまでも更新を続け、その結果現実には実施もしていない特許の実施料を支払うように請求されるとは夢想だにしなかつたものというべきであり、被告らがしかく予想しなかつたとしてもあえて非難しえないものというべきである。かようにみてくれば(あるいは当初の契約は当事者間においてすでに暗黙に合意解除されたとみる余地があるがこの点は被告らの事実主張がないからこれを別として)、少くとも原告の本件請求は信義誠実の原則に反するものであつて許されないといわざるを得ない(被告らはこれを長期の不行使により権利自体が失効したと主張し、いわゆる失効の原則を援用するのであり、当裁判所は必ずしも右主張を非とするものではないが、この点は一の法律判断であり、右主張には拘束されず、直接実定法上に明文の根拠を有する信義則の一適用としてこれを決しうるものであり、またそれをもつて足るものと解する)。

しからば原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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